
| 学 校 名 | 京都学園中学校 |
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| 所 在 地 | 〒616-8036 京都市右京区花園寺ノ中町8番地 (地図・交通アクセスはこちら) |
| 連 絡 先 | TEL(075) 461-5105 FAX(075) 461-5138・(075) 466-2220<入試部> |
| 設 置 者 | 学校法人 京都学園 |
| 理 事 長 | 西井 泰彦 |
| 学 校 長 | 佐々井 宏平 |
| 本校の建学の精神 | 「世界的な視野で、主体的に考え、行動する人材の育成」 |
| 本校の創立 | 1925(大正14)年 |
| 創立記念日 | 5月 15日 |
| 創 立 者 | 辻本光楠 |
辻本光楠先生は、弱冠15歳にしてアメリカへ渡りました。当時、欧米が進んでいると言われていたことに対し、自らの目で確かめてみたいという思いがありま した。しかし、先に渡米している日本人を見るにつけ、アメリカ人の言うなりになっている「卑屈な姿」が目に付き、「これではいけない」と思うようになりま した。
「理由のひとつは言語にある」 言葉が通じないことにより、誤解される、馬鹿にされる、損をするという現実がありました。光楠先生は、働きながら夜間の 学校に通い、英語を必死で勉強したのです。そして、次第に「世界に胸を張って自分が日本人だと言えるような日本人をつくりたい。その根本は教育にある」と 思うようになります。
先生は、志半ばで帰国し、東京で夜間の予備校を開き、英語を教えます。その後、京都へ移り住み、やはり夜間の予備校で、旧制の中学校へ行くことができず 働いている青少年に英語を教え、旧制高校から大学へと進学させていったのでした。昼間の学校を創りたいという思いは強く、大正14年になって「京都商業学 校」の創立・開学となって実現します。そして、先生の教育への強い思いが、経済的に厳しい状況を乗り越え、第2次世界大戦を経ても学校を存続させたのです。
戦後は京都商業高等学校として商業教育を進めてきましたが、時代の波は普通科高校へと向かっており、1990(平成2)年に商業科募集停止、普通科単独 高校として、校名を「京都学園高等学校」と改めます。このとき建学の精神を、時代の要請にも応えられるように、「世界的な視野で、主体的に考え、行動する 人材の育成」と再編成します。これこそ、創立者の思いを見事に表現した精神です。
1994(平成6)年には高校国際コース(設置当時の名称は留学コース)を新設しました。高校2年でイギリスへ7ヶ月長期留学し、国際社会で活躍できる人材を育成する、まさに建学の精神を体現したコースができたのです。
また、創立者は「生徒の可能性を最大限に伸ばす」「希望する進路を実現するために学校が面倒を見る」という実践もしてきました。国公立大学を目指す高校 特進ADVANCEDコース、難関私立大学を目指す高校特進BASICコース、そしてしっかりした学力を身につけさせ、希望する大学への進学を実現する高 校普通コースの日々の教育実践の中に、そのスクールアイデンティティは貫かれてきました。
また、創立間もない頃に大投手澤村栄治を生んでいるように、部活動は常にさかんであり、「文武両道」の精神にも建学の精神は反映しています。
京都学園中学校は、やはり時代の要請に応えて、2000(平成12)年に創立されました。中学3年でイギリス研修旅行を実施し、しかもすべてホームステ イでの宿泊という「世界経験」を積ませることは、建学の精神に則っています。「面倒見がよい学校」「生徒の可能性を最大限伸ばす」ことも当初より実践して おり、京都学園高等学校へ内部進学した1・2期生が素晴らしい進学実績をあげてくれたことにより、京都学園中学から高校へつながる中高一貫教育の良さが認 められてきました。「面白くなければ授業じゃない」「楽しくなければ学校じゃない」をモットーとしており、日々の充実した授業、バラエティにあふれた学校 行事、対外的に高い実績をあげている部活動に教職員が一丸となって取り組んでおり、現在にいたっております。