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大島博行教授が聞く

  • 2008年11月 8日(土) 10:08 JST
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 VOL.6

           
大島博行教授が聞く
 
斎藤義和 ㈱カサタニ代表取締役専務 

 

㈱カサタニ

大阪市淀川区に本拠を置く、金属加工、樹脂加工のメーカー。加工が難しいマグネシウム成形や、太陽電池に使われるシリコンウェハー加工など、他社にない技術とユニークな開発で注目されている研究開発型企業。2008年3月期の売上げは連結約194億円。

斎藤義和(さいとうよしかず)氏

株式会社カサタニ代表取締役専務

昭和35年の入社以来、同社の発展を事務系の立場から支えてきた。「本当は、メーカーは管理職が表に出たらいけないんですけど(笑)」とか。



自分たちが作ったものから生まれる、喜びと自信
 

大島

私は京都学園大に来る前は、シンクタンクでコンサルタントをしていました。いろいろな企業に、経営戦略やIT戦略のアドバイスを行なう仕事です。その時のクライアント(担当企業)のひとつが、今回おじゃまさせていただいた㈱カサタニさんです。部品メーカーのため、一般になじみが少ない会社ですが、私が使っているノートパソコンのボディ〈天板〉なども、こちらで作られたものです。今日は、言葉は失礼ですが『町工場』から研究開発型企業へ成長されたカサタニさんの秘訣を、斎藤義和専務におうかがいしようと思います。

斎藤 

そのパソコンのボディは、マグネシウムを用いたものです。軽くて堅牢なマグネシウムは、反面サビやすく、加工も難しい素材です。その商品化に向けて、専門のスタッフを迎え、大学の研究室などとも交流を持ちながら商品化を進めてきました。 

大島 

カサタニさんはオリジナルの商品開発に熱心ですが、もともとそういう体質があったわけですか?うことですか。

斎藤 

私が入社したのは昭和35年(1960年)ですが、当時は社員50人ほどの小さい工場でした。笠谷発條(注・発條とはバネのこと)という社名で、自動車用のバネを作っていましたが、大阪で商売をしていくには、やはり大阪の大企業――松下電器(現・パナソニック)に認められる会社になりたいと。昭和38年でしたかね、松下のアイロンのパーツの仕事が受注できました。ここがひとつの転機でしたね。そして、昭和50年代のビデオへとつながっていくわけです。

大島 

その時代は今の社長、笠谷勝美氏の時代でしょうか?

斎藤 

今の社長は営業担当常務でした。先代から受け継がれた2代目になりますが、部品だけでなく完成品の受注をしないといけない、と積極的に動かれていましたね。それで、ビデオのフロントローディング部分(注・昔のビデオデッキで、ビデオテープを出入れする場所。いわばビデオの顔)を受注しました。松下のビデオが飛ぶように売れたこともあって、会社は急成長しました。でも、それよりもっと良いことがあったんですよ。

大島 

何があったんですか?

斎藤 

会社の雰囲気が抜群に良くなり、社員の士気が高まったんです。友人に「お前の工場、何を作ってんねん?」と聞かれたときに、「松下のビデオの、顔のとこや」と堂々と言えるのが気持ち良い〈笑〉。良いものを作っている、という誇りが人を変えるんですね。また私は当時、採用担当でしたが、町工場みたいなところに高校生や大学生はなかなか来てくれなかった。それが、「あのビデオ、うちの仕事です」と言えば学校の先生たちの対応も変わりました。いい人材が集まってきたと思います

大島 

ものづくりの企業にとって、何よりも大切なのは良い社員でしょうね。
 

斎藤 

 そのとおりです。平成になって、ビデオが売れなくなった時に、カサタニを支えてくれた商品に携帯電話の充電台があります。これは金属でなく樹脂加工なんですが、最初に機械を揃えたもののうまくいかない。一度は諦めかけたんですが、「機械から入ったからあかんかった。今度は人からや」と言って2人の技術者を迎えたら、うまくいった。携帯電話も最初は充電台でしたが、今では携帯電話に必要な数多くのパーツを作っています。私が使っているのも、この表面がうちの商品です。仕事が人を育てるんですね。

  

 

研究開発型のメーカーへの変身

 

大島

携帯部品などは、今では中国の天津(てんしん)にある子会社などでも作られていますね?

 

斎藤 

中国、それからこれはちょっと経緯が違いますが、マレーシアにも生産拠点があります。マレーシアは今、自動車のワイパーを作っています。携帯は中国が大きいですね。中国での生産が始まると、社員から「じゃあ日本では何を作るんですか?僕らの仕事はありますか」と聞かれました。同じものを同じ方法で作っていたら、それは中国の方が安くできます。じゃあ日本ではどうするか・・。下請けではない、研究開発型の企業への変身です。

大島 

研究開発型の企業と言うと。

斎藤 

得意先から図面(設計図)を渡されて「これを作ってくれ」と言われて作るだけではだめだ、と言うことです。自分たちで図面を作り、自分たちで商品を作り出していく。これが大切なんです。同じことは、社員個々の仕事にも言えますね。与えられた仕事をこなすだけでは、良い仕事とは言えない。個々が自分の現場で常に考え、工夫するのが大切なんです。また、過去の仕事にこだわっていてもいけない。うちは金属加工の会社ですが、研究部門を作ったときには、畑違いの化学博士を採用しました。

大島 

それがマグネシウム加工につながったわけですね。

斎藤

そうです。研究者が生産のスタッフに技術の説明会などを開くわけですが、優秀な女性研究者の発表など見事でした。それで、社員全員が頑張ろうという気になる。また、新しい分野に挑むことで、うまくいけば経営もよりしっかりとしてきます。1つの商品にこだわっていては、今の技術革新の早い時代、あっというまにあぶなくなります。

大島 

現在のカサタニさんの新しい事業の柱と言えば、太陽電池ですか?

斎藤 

そうですね。こちらはシャープ㈱さんのお手伝いですが、シリコンウェハーのスライス加工を行なっています。これも加工が難しい。加工機械のメーカーに社員を派遣して研修を受け、技術を磨いてもらって、やっと軌道に乗ってきました。会社自体が苦しい時に立ち上げた事業なんですが、当初は大赤字で(笑)。技術は育てるのに時間がかかります。少しずつ、少しずつ成長するものですから・・。どんな仕事もそうでしょうけれど、結局は、人の成長なんですよね。

大島 

私は今、大学生の指導をしていますが、今の学生、さらに新入社員を斎藤さんはどうご覧になっていますか?また、伸びる若者とはどんな人でしょうか

斎藤 

最近の若い人は、真面目な人が多いですよね。頭の良い人も多くなったと思います。ただ、もの作りの仕事で最後にものを言うのは「良いものを作りたい」という熱意、これに勝るものはないと思います。良いものを、良い作りかたで。カサタニは環境問題に配慮したもの作りを心がけていますが、今の時代、環境のことを考えられないようでは困ります。あと、開発はリスクがつきもの。どれだけがんばっても形にならないことはいくらでもあります。そこであきらめないこと。それが、技術を磨きます。

大島 

メーカーにとって最大の財産は、熱意に満ちた社員と、その熱意で磨かれる匠(たくみ)の技術ですね。

斎藤

そうです。うちの社員、現場の人たちは素晴らしい職人ですよ。定年後もお願いして残ってもらっている方はたくさんいます。その匠の技術を、若い人に受け継いでもらうのも、会社の役割だと思っています。

大島 

 

今は世界が揺れ動いていますが、確かな技術を持つ企業ががんばっていれば元気が出てきます。今日はどうもありがとうございました。

 

 

 

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