「リーディングス現代社会」は、経済学部教員がそれぞれの専門分野に関連する現代社会のトピックを分かり易く解説していくシリーズです。経済・社会の動きを理解する道標として、また経済学部教員の研究を知る端緒としてお読み下さい。
消費税は引き上げるべきか?
森田 圭亮
消費税率が3%から5%に引き上げられた1997年から約10年が経ち、近年消費税率引き上げに関する議論が再び加熱しています。我が国は数多くの課題を抱えているおり、大規模な歳出の削減は困難です。その一方で、公債依存体質からの脱却が財政健全化のために求められています。公債発行額を抑えつつこれまでどおりの歳出規模を維持するためには、不足した財源を税収の増加で補う必要があります。消費税率を引き上げるべきだという主張はこうした我が国の現状を踏まえた上で浮上してきたと言えるでしょう。しかし、所得税率や法人税率ではなく、何故消費税率が引き上げられようとしているのでしょうか。
まず、所得税・法人税・消費税という3つの主要な税に注目しながら、「経済のグローバル化」という視点にたって消費税率引き上げの根拠を見ていきましょう。輸送技術や情報技術の発達に伴い、今や国境を越えた経済活動が活発になっています。このような経済事情の下で所得税率を引き上げれば、より税負担の軽い国へ人材が流出してしまいます。同じように、法人税率を引き上げれば、税負担の増加を嫌って企業が国外へ流出してしまいます。折角税率を引き上げても、ヒトや企業が逃げてしまえば税収は伸び悩む上、国内の経済活動は鈍化してしまうでしょう。つまり、グローバル経済社会の下では、所得税率や法人税率を安易に引き上げることは政府や一国全体の損失を招きかねないのです。見方を変えて言えば、グローバル社会のもとでヒトや企業を国内に留めておくためには、所得税率や法人税率を引き下げるべきであるという事になります 。i
一方、消費税率の引き上げは所得税率や法人税率の引き上げと似たような現象を引き起こすでしょうか。店頭でモノを買うとき、私達は課されている税額ではなく店頭価格を気にしているという点に注目してください。消費税率が引き上げられても店頭価格が吊り上がらなければ、わざわざ高い渡航費と労力を払ってまで国外にモノを買いに行くメリットは消費者にありません。問題は、果たしてこのようなストーリーが今日の経済社会に当てはまるか否かです。グローバル化が進展した今日の経済社会では、市場の競争が激しくなっており、価格の引き上げは他社への顧客流出を招きかねません。したがって、消費税率が引き上げられても企業は店頭価格を引き上げにくいと考えられます。 消費税率の引き上げに対して店頭価格が上がらないということは、消費者は増加した消費税額を負担していないということになります。消費者が増えたはずの税額を負担していないならば、売り手である企業の側がその税負担を担っていることになります。それでは、消費税負担を迫られている企業は国外に拠点を置くインセンティブを持つでしょうか。ここで注意すべきは、消費税は基本的に取引が行われた場所、言い換えると消費者がいる場所で課税されるということです。国外で商品を生産しても国内で商品を生産しても、日本国内でその商品が取り引きされる限り、日本の消費税は免れられません。このことは、少なくとも消費税額の負担という視点において、日本国内の市場で取引をする国内企業には国外に拠点を移してまで商品を生産するメリットがないことを意味しています。したがって、消費税率を引き上げたとしても、このような企業は国外に流出しないということになります。
次に、「基礎年金の財源化」という側面から消費税率の引き上げの根拠を見てみましょう。現在の公的年金制度は少子高齢化の下で受益・負担に関する世代間格差を生みやすく、後世代になるほど年金から被る純便益が小さくなります。つまり、払った保険料に比べて受け取った給付金が多い分だけ、早く生まれた人ほど一生涯の中で消費のために自由に使えるお金が多いという事になります。消費税を年金財源にするということは、保険方式の下で若者が負担しなければならなかった保険料負担の一部を年金受給者である老年世代に転嫁する事を意味します。これは、一生涯の中で使えるお金が少ない世代から多い世代へ年金負担を転嫁している事に他なりません。つまり、消費税を公的年金の財源とすることで、現行の公的年金制度がもたらした受益・負担に関する世代間格差を緩和することが出来ます。
消費税率引き上げの根拠を簡単に紹介してきましたが、消費税率を引き上げるためには、現行制度の課題を克服し、国民から信頼される消費税制度を構築することが必要です。例えば、消費税率を引き上げてしまえば、食料品をはじめとした生活必需品が値上がってしまい、低所得者層の生活が圧迫されると批判されています。対応策として特定の財・サービスに対する消費税率の軽減が考えられますが、税制が複雑になる上、経済活動が大きく歪められる可能性があります。おそらく消費税制度のみの改善では課題の克服は困難ですので、今後は消費税率の引き上げに伴う制度のひずみを所得税や法人税などの他の税制度によってどのようにバックアップしていくかが重要になってくるでしょう 。ii
図1:法人税率の推移 (財務省ホームページ)
i 事実、図1を見てもわかるとおり、我が国の法人税率は1985年ごろから低下傾向にあります。
ii 消費税率引き上げとそれに伴う改善策についてより詳しい内容を知りたい場合には、たとえば以下の書籍を参考にしてください。
森信茂樹『抜本的税制改革と消費税』財団法人大蔵財務協会、2007年