「リーディングス現代社会」は、経済学部教員がそれぞれの専門分野に関連する現代社会のトピックを分かり易く解説していくシリーズです。経済・社会の動きを理解する道標として、また経済学部教員の研究を知る端緒としてお読み下さい。
千年の都・京都とベンチャー
大西辰彦
京都が観光ブームを迎えています。2008年京都市調査によると年間の観光客数が過去最高の5,000万人を超えました。その魅力の中心は千年の都として受け継がれてきた歴史的遺産や景観、伝統文化であることに異論を唱える人はいないでしょう。「京都」という地名から想起される最もポピュラーなイメージが「歴史都市」、「観光都市」である所以です。しかし、京都にはもうひとつの顔があります。世界最先端の研究開発型企業が集積する「ハイテク都市」としての顔です。京都では、ここ数年、主に戦後に起業し、高成長を遂げたベンチャー企業の本社建設ラッシュが続いています。1998年の京セラから始まり、ワコール、トーセ、オムロン、サムコ、日本電産、村田製作所、ニチコンなどが競うように京都の地に新社屋を完成させています。全国的に本社機能を東京に移す企業が多いなかにあって、注目すべき動きとなっています。
では、なぜ、古都・京都からかくもハイテクベンチャーが生まれ、そして成長するのでしょうか。その謎を解くヒントが、“4つの知的インフラ”にあります。
京都の知的インフラといえば、まずは「大学」です。京都市内には日本人ノーベル賞受賞者16名のうち、7名までを輩出する京都大学をはじめとする25の大学があります。京都は世界最高水準の基礎研究から生産現場の応用技術まで、実に多様な分野の研究者が重層的に集まる街なのです。こうした研究者との共同研究が京都企業の成長を助けた事例は枚挙に暇がありません。村田製作所が1944年の創業当時に開発した陶磁器実験器具開発は京都大学田中哲郎研究室との共同研究の成果であるといわれています。現在、国や自治体が政策的に進めている産学連携の日本における原形を京都に見ることができるのです。
二つ目は、「匠の技」であります。京都には千年の都として古くから連綿と受け継がれてきた多様なものづくり技術、とりわけ、逸品ものを得意とする「匠の技」の集積があります。西陣織、友禅染、清水焼、伏見酒などいわゆる「伝統産業」がその代表例ですが、ここで大切なことは、そうした伝統技術がハイテクを生む土壌になっているという事実です。清水焼からセラミック、友禅からスクリーン印刷、伏見の醸造からバイオテクノロジーといった具合です。また、独創的なオンリーワン技術を持つ町工場の集積が研究開発の試作分野を担っていることも忘れてはいけません。
三つ目は「老舗の家訓」に象徴される経営風土。伝統から受け継がれるものは「技術」だけではないのです。京都には三百年を超えるような老舗企業が今もその暖簾を守り、商いを続けています。そこには、「先義後利」(先に義あらば、後に利はついてくる)の思想や「量より質」、「本業に徹する」、「質素倹約」といった教えが経営の真髄として受け継がれています。昨今、続発する企業不祥事が、いずれも短期的な利益を求め、社会的正義を疎かにした結果であることからもその重要性がわかってもらえるでしょう。こうした教えは、「特化技術で得意分野に集中」、「無駄な投機はしない」、「キャッシュフロー重視」、「無借金経営」といった高成長を続ける京都企業の特徴的な経営理念として受け継がれているのです。

そして、最後の四つ目は「祇園」。そもそも歴史都市としての京都の国際的な知名度の高さは海外で活動する際には大きな味方となります。また、「舞妓はん」、「一見さんお断り」に象徴される祇園の花街文化や祇園祭などの伝統行事は人を惹きつけ、ビジネスを進めるうえでも大切なインフラとしてその役割を担っているのです。「京都で商談となると接待を期待してひとつ、ふたつ上の役職者が来てくれる。その結果、新たなビジネスに繋がった」という声をよく耳にします。
こうした知的インフラは、空港や道路と異なり、資金を投じれば機能が整備されるというものではありません。京都を例にとるならば、歴史的景観やそこに息づく精神性、創造性を含めた都市としての総体的な魅力をいかに高め、継承していけるかにかかっているのです。
ここで紹介したいわば「京都流」の発展モデルは、これからの日本が国際的な競争下で勝ち抜くための先行モデルとして示唆に富んだものと言えるでしょう。