「リーディングス現代社会」は、経済学部教員がそれぞれの専門分野に関連する現代社会のトピックを分かり易く解説していくシリーズです。経済・社会の動きを理解する道標として、また経済学部教員の研究を知る端緒としてお読み下さい。
あたらない経済予測の話
尾崎タイヨ
日本経済が大不況に落ち込んで、かなり長期にわたって国民が苦しんでいます。経済がどのような方向に向かうか明るい将来像を描けると良いのですが、なかなか厳しい状況です。 ここでは、経済の見通し、予測がどのようになされて、現実にどう役立っているのか考えます。 経済学の中でこの問題を数量的に扱っているのは計量経済学と呼ばれる分野です。
国は経済状態が悪くなれば、政府が道路を造ったり(公共投資といいます)、金利を誘導したり(金融政策といいます)各種の政策を動員して、経済を立て直そうと努力します。そこで、そういった政策がどのような効果をもたらすか、事前に予測しなければ、ただ闇雲にお金を使ってしまうかもしれません。効果の高い政策を有効に実施するためには正確な経済予測が欠かせないのです。
予測とはどういう作業なのでしょうか。また、多くの識者から「予測が当たらないではないか」という批判もありますから、予測作業を見ることで、なぜ当たらないのか、正確な予測がいかに難しいかといったことを考えていくことにしましょう。
国の経済の大きさを表すのは、一番ポピュラーなものはGDP(国内総生産と呼ばれ、日本は約500兆円規模)です。GDPがプラスに変化すれば、景気が回復しているということになります。GDPには重要ないくつかの内訳項目があり、それぞれが異なった要因で変化します。
GDP=消費+投資+政府支出+輸出-輸入
この式の右辺の各項目毎に影響を及ぼす要因が異なり、しかも、相互に関連しますので、非常に複雑な動きを予測しなければなりません。各項目は代表例であり、実際にはさらに細かな項目に分かれますが、これらの項目には、「内生」「外生」という重要な区分があります。内生とは他の条件が変われば変わる要因という意味です。外生とは外的条件のことで、政府の新しい政策や意志決定、大地震などの災害など、外から「こういう変化が起こった」と条件を想定・設定することです。さしずめ、上の式の中では政府支出が外生で、それ以外の全ての項目が内生です。
次に、内生項目については他の要因との関係を式で表現します。この作業を少し難しい言葉ですが、式の特定化とパラメータの推定と呼びます。与えられたデータから最も信頼性の高い関係式を推定する作業です。ここにはいくつもの問題があります。どんな要因が最も強い影響をもたらすか、考え方に「正解」はなく、式を作っている人のキャラクターに依存してしまうことがしばしば見られます。この要因は自分としては重要と思わない・・・という判断があれば、その要因は計算から除かれることになります。
さらに、推定されたパラメータは統計的に妥当性が検証されますが、これも一通りの結果ではなく、様々の結果の多くは「おかしいとまでは言えない」レベルです。高精度のコンピュータで大規模な計算をしても、誤差を含む結果しか得られません。そうすると、推定された結果の妥当性を判断するのは、厳正な統計結果ではなくて、人間の勘ということになります。パラメータの推定は統計的理論に支えられているけれども、結果の選択は人間くさい判断なのです。
いずれにしても、こうしてできあがった式のことを「構造方程式」と呼んでいます。計量経済学を駆使して作られた式の体系全体を「計量経済モデル」と呼んでいます。このモデルは通常100本から1000本くらいの構造方程式からなる連立方程式の体系となっています。この連立方程式を解くのは人間業ではできませんから、コンピュータを駆使して解きますが、今日では計算そのものは簡単です。ただし、一つ一つの式に含まれるバイアスや誤差が、連立していますから、式と式の間で波及して最後にはとんでもない結果を出すことがあります。絶対にどう見てもあり得ない、予想もしなかった結果を見て計量経済学者はしばしば呆然とするのです。予測どころか過去の結果をモデル的に再現することすら危なっかしいモデルがたくさんあります。この「再現性」をしっかり吟味することで、合格したモデルを使っていよいよ予測が始まります。
さて、予測の誤差がどのように作られていくのでしょうか。第一にモデルの中で、何を外生的な条件と考えるかということが問題になります。これは先ほども述べたように恣意的です。さらに、外生的条件をどう予測するのでしょうか?予測に必要な条件そのものを予測しなければなりませんから、ややこしい話になります。これは通常「現状が続くとしたら」とか、「トレンド(穏やかな傾向のこと)ではこうなるから」といった、過去のデータや推移に依存した予想を用います。思いもかけないことを確実に予想することは元来できません。しかし、現実は思いもかけないことだらけです。ここで最初の誤差が生まれます。
これから先、さらに、どのような式を想定するか、ある学説によれば、これが重要であり、他の学説によれば別の要因が重要という。自分はこれが正しいと感じる、ということでこの式を採択します。もちろんここでもある種のバイアスが避けられません。その式のパラメータそのものも当然ながら誤差を含みます・・・などなど。モデルは科学的成果ではあっても何段階にもわたって大きなバイアスを含みます。何を考慮し、何を考慮しないかは・・・私が決める、ということで、結局のところ、予測は技術の粋を集めた「芸術」であるといえます。
日本では内閣府経済社会総合研究所や日本銀行金融研究所などが計量経済モデルを作っている機関として有名です。他に日本経済研究センター(日経新聞)や電力中央研究所、銀行や証券会社など金融機関の研究所などシンクタンクが有名です。学者の取り組みは残念ながら後継者難からほとんどなくなりました。ただし、国際的にはアメリカに本部のあるIMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)などきわめて多くの機関や大学で精力的に研究を続けています。
さて、芸術品を使って日本経済の予測を各シンクタンクが公表しています。こちらの作品の方が美しい、醜いと競っても意味がないのですが、一言だけいいわけをするなら、求められる予測「精度」は±1%程度であり、各種予測はそれなりに結果を出しているというべきです。しかし、景気の転換点などトレンドをはずれた動きを予測することはきわめて難しいというのが現状なのです。最後に、各機関の予測精度をグラフにしました。なかなか厳しい状況です。
図 シンクタンクの予測力(実質GDPの成長見通し。単位は%)
