教員紹介教員・学生からの発信 人間文化学会
大学院 人間文化研究科ブログ 人間文化の最前線
 
 
 

源氏物語の時代――一条天皇と后たちのものがたり

祝! サントリー学芸賞受賞

 ここに『源氏物語の時代——一条天皇と后たちのものがたり』(朝日新聞社刊)という本があります。本書は、聞こえないはずの過去の声に耳をかたむけた本です。かつて、深い愛を築き上げ得た帝がいました。帝は、ふたりの后に愛されました。しかし帝は、ひとりの后を想いつづけました。帝は、死の直前まで、その后を想いつづけました。本書は、帝と、その周辺をとり巻く后たちのものがたりです。

 ものがたり……この本(一般書/研究書/学術書)に対して〈ものがたり〉とはいささか乱暴な説明かもしれません。しかし本書は〈ものがたり〉以上に〈ものがたり〉なのです。さまざまな史料の声を聞くことによって、平安京は立体的に浮かび上がり、まるで平安京に降り立ったような臨場感さえ覚えます。

 《何より心がけたのは、史料に耳を澄ますこと——史料や作品自体が持っている情感の世界を損なわずに、この時代をよみがえらせることです。幸いに、史料たちはみな雄弁でした》

 著者は、千年前の史料というピースを自由自在に操り、ものがたりのパズルをつなげ、また、耳をすませて浮かび上がった声はやがて主旋律となりました、そして……

 《いざ「源氏物語の時代」……一条朝へ旅立ちましょう。時は千年前、舞台は喧騒に満ちた都市、平安京です》

 なんたる美技。著者は『源氏物語の時代』というタイムマシンに乗せて、読者を千年前の平安京へといざなうのです。

源氏物語の時代――一条天皇と后たちのものがたり

高校教諭から大学院へ

 本書の著者・山本淳子先生は、受賞当時は経済学部准教授で、08年度から、人間文化学部歴史民俗・日本語日本文化学科へと籍を移されました。京都学園大学に籍を置く以前は、石川県立図書館の室員や、石川県の県立高校で教鞭をふるっていました。山本先生が『源氏物語』と出会ったのは小学校五年生の頃。読書というひとりの、その有意義で贅沢な時間に得た感動は消えることなく、時は経ち、気づけば古典を教えるようになっていました。しかし授業は文法が中心。それもそのはず、文法を知らなければ、古典は文字でしかありません。読まなければ、感動は得られません。山本先生は工夫を凝らした授業を展開しました。そうしたなかで、いつからか「古典がおもしろくなる教材をつくりたい」という意欲が芽生えはじめ、そしてその思いを胸に、大学院へと進学しました。32歳の時です。

 『源氏物語の時代—一条天皇と后たちのものがたり』は07年に、サントリー学芸賞「芸術・文学部門」を受賞しました。サントリー学芸賞とは、財団法人サントリー文化財団が主催する学術賞です。その年に国内で出版された最も優れた学術書に与える賞で、別名「人文科学、社会科学の芥川賞」とも言われています。平安文学、とりわけ『源氏物語』やその周辺を研究して15年、「古典がおもしろくなる教材を、つくりたい」、そして「教養として広く読まれるものをつくりたい」、その一貫した志が読者に伝わったのでしょう。本書は、山本先生の集大成でもあるのです。

それぞれの<ものがたり>

 『源氏物語』は一千年という長き間、世界中の読者を魅了しつづけてきました。何度も新訳された『源氏物語』は色あせることなく、今もなお読まれつづけています。「『源氏物語』が誕生した時代のことをいろいろな人が自分の主観によって〈ものがたり〉にしました」と、山本先生は話します。

 〈ものがたり〉は時代によってカタチを変えてきました。例えば、今年のはじめ『ニューヨーク・タイムス』に「紫式部の国でケータイ小説がひとつのジャンルに」という見出しが載り、ネット上では「紫式部の国が恋空の国へ」などと揶揄する声が上がりました。こうした状況を山本先生は「みんな〈ものがたり〉を欲しているんだと思います」と、話します。〈ものがたり〉の感じ方は人それぞれ。山本先生は今後『源氏物語』と『源氏物語』が生まれた時代の授業を行う予定です。「学生には『源氏物語』を通して、いろいろなことを〈感じる〉から〈考える〉へと持っていって欲しいです」と、次の授業展開に意欲的です。

 「この本のサブタイトルを平仮名の〈ものがたり〉としたのは例えば私がいわゆる作り話にしたのなら漢字で〈物語〉と書くのですが、ひとつの事実をいろいろな人が自分の〈ものがたり〉として書いて読んだ、そうした大きな物語という意味で、平仮名の〈ものがたり〉としました」。

 もう一度繰り返しましょう。本書は〈ものがたり〉以上に〈ものがたり〉なのです。この事実を読んだ方それぞれで感じて下さい。(文:上村倫行[2007年人間文化学部卒業])

 

日本語日本文化専攻トップ TOP