



質問:友達との何気ない会話の中でも、話し方や表情などから、相手の気持ちが分かってしまうことがあります。こうしたことも、臨床心理学で扱う内容なのですか?
橋本:そうですね、会話の内容そのものだけではなく、声の調子や身振りなどといったさまざまなことを大切にしながら、その人の気持ちを理解しようとするのが心理学という学問です。無意識のはたらきを分析するためには非常に洗練された理論や方法がありますが、まずは皆さんが普段行っているように、相手の気持ちを感じ取るということがなにより重要な出発点となります。
またカウンセリングでは、対話が中心的な手段になるのですが、じっくりと言葉を交わしあうというプロセスそのものの中で、相談者の悩みや苦しさがほぐれてゆくことがあります。このように、会話を通じて心を癒すということが、臨床心理においてはとても大切なポイントとなります。
質問:臨床心理学と、医学との関係はどうなっているのですか?
橋本:一見心に問題を抱えた印象である人に対しても、まず、医学的に脳や身体、神経に損傷がないかを診察してもらい、そこで問題があった場合には医学的な処置が必要になります。これに対して臨床心理士は、器質的に問題がないと判断された患者さんに対し、カウンセリングなどを通じて心のケアを担当するのがその仕事になります。精神科医に診断してもらうことが必要な場合はそちらへ紹介もします。
とはいえ、体の病気と心の病には密接な関係があります。例えば、脳卒中や事故などで失語症になられた患者さんでも、ご家族を含めた人間関係の違いによって回復の度合いが大きく異なってきます。アルツハイマー病についても同じようなことが言えるのですが、やはり心のこもった言葉をかけてくれる人が多ければ多いほど、治療の結果はよいものとなってゆきます。こうした心理面でのサポートを行うのも、臨床心理士の大切な役割の一つなのです。
質問:臨床心理士にはどうしたらなれるのですか? また、資格を取得した場合、どんな仕事に就くのですか?
橋本:カウンセリングのプロフェッショナルである臨床心理士の受験資格を得るためには、学部で4年間、修士課程で2年間の勉強と実習を行う必要があります。そこではじめて資格を取得するための臨床心理士試験を受けることができます。もちろん、ここ京都学園大学は、一種指定の大学院ですので、そのための学習コースや臨床実習機関が用意されていますよ。
資格を取得したあとは、精神科クリニックで臨床心理士として働いたり、スクールカウンセラーとして児童・生徒あるいは保護者や先生の悩みを解決する手助けをしたり、あるいは児童相談所において判定員として仕事をしたり、虐待を受けた子供の心の傷を癒す仕事に就くこともあります。自分の気持ちを言葉でうまく表現できない子供に対しては、おもちゃを使って一緒に遊びながら、身振りや表情を通じて心のケアを行うんですよ。精神科以外の医療機関で、心理的ケアを必要とする人たちへの仕事をすることもあります。いずれにしても、資格をとった後も実地でさまざまな経験を積みながら、研修やスーパービジョンなどを受けて、よりよりカウンセラーになるためのトレーニングを行うことが必要になります。

さて、だいたいのイメージをつかんでいただいたら、次は実際に皆さんの心のなかを、少しだけ分析してみましょう。使うのは、「東大式エゴグラムTEG」というものです。これは、55の質問にそれぞれ「はい・いいえ・どちらでもない」で答えてゆき、最後にその結果を数値化してグラフを作成します。雑誌やインターネットなどで「心理テスト」というものをやったことのある方も多いと思いますが、そうしたゲーム的なものとは違い、自分の自我がどのような構造を持っているかを、心理学の理論に基づいて分析するものです。「自我(エゴ)」とは、皆さんの意識の中心にあって、一人一人の考え方や行動のパターンを規定する存在なのです。
いかがですか、グラフは完成しましたか? それでは、グラフに示される5つの要素について説明しましょう。このそれぞれは、皆さんの心の中を5つのイメージで捉えるものです。まず、「子供」の部分は2つに分かれ、1つは自分の中の天真爛漫で無邪気な子どもの部分、またもう1つは大人の言いつけによく従う従順な子どもの部分を表しています。「大人」は、客観的・理性的に現実をとらえる要素。さらに「親」は、2つに分かれ、1つは人をまもり育てる暖かい母性的な親、もう1つは規律を守らせ、しつけたりする厳しい父性的な親の部分を意味します。合計5つですが、この5つがバランスよく、互いに補いあいながら存在しているのが、理想的な自我のあり方ということになります。
もし「大人」要素だけが高い場合、もしかしたらその人は客観的な認識にこだわるあまり、人間的な感情に乏しいのかもしれません。また、「無邪気な子供」だけが突出しているなら、その人は自分勝手で他の人に迷惑をかけがちなところがあるのかもしれませんね。このように、自分のなかにあるいくつかの要素のバランスを見ることで、自我の構造や問題が明らかになってくるのです。

この結果をどう使うかというと、まずは自分を変え育てる手がかりにできます。自分の性格に気づくことができたら、変えて育てることができます。性格というのは成長とともに変化します。欠けた部分を自覚して伸ばしてゆくことで、より生きやすくなったり、コミュニケーションがとりやすくなったりできるかもしれません。また、突出した要素に押さえつけられていた隠された感情に気づくきっかけにもなりますね。感情が苦手な人は自分が本当に感じていることに目を向けることで、だんだんと自分のやりたいことがわかるようになるでしょう。最初から大きなことではなく、今食べたいものや、したいこと、こうした小さな感情を大切にしていく練習をすることで、自分にとって快適なことや心地よいものがよりはっきりしてくるのです。簡単なようですが、したいと思いこんでいる、したいと錯覚していることのために、自分の本当の気持ちに気づかないことも案外多いのですよ。
このように臨床心理学とは、相手と、そして自分とじっくり向かい合うことによって、無意識の世界を読み解き、心のダメージから立ち直る手助けをしたり、あるいは自分の心を育ててゆくためのガイドとなる営みなのです。