在外研究中の古川先生からストラスブール便りが届きました。
ストラスブール便り
街道の街・ストラスブール
昨年9月から、フランス・ストラスブールはロベール・シューマン大学の企業法研究所にて在外研究生活を送っております。ストラスブールはドイツとの国境に位置しており、大学から歩いてでも楽にライン川を越えドイツに行くことができます。こちらから電車に乗ってドイツ側に行ったとき、ふと多摩川を越える感覚を思い出しました。関西で言うと、淀川を渡って京都から大阪に行く感覚に似ているかもしれません。ストラスブールは「街道の街」、南北を結ぶライン川と東西を結ぶ街道の交差点に位置する交通の要衝でした。それゆえわずか1平方キロメートルの小さな中州に築かれたこの街は、中世に自由都市として莫大な富を蓄積し、当時ヨーロッパ一の高さを誇ったノートルダム大聖堂を構築するほどまでに栄えたのです。
欧州評議会と大学パレス
ストラスブールの最大の特色はこのように「ヨーロッパの中心」に位置していることかもしれません。社会科学系の当大学も、当地にEUの欧州議会、欧州評議会(Council of Europe)、ならびに欧州人権裁判所が設置されていることから、ヨーロッパ、ひいては世界中から学生を集めています。当地がそれまでの歴史に続いて、不幸にも第二次世界大戦の戦火に遭った歴史は有名ですが、大学もまた戦争と無縁ではありえませんでした。下の写真①は大学パレスと呼ばれる1884年に完成した壮麗な建物ですが、入り口を入るとすぐに大理石のプレートが目につきます。そこには第二次世界大戦中にナチスドイツによって「監禁、銃殺、暗殺により殺害された」100人余りの大学関係者の名前が金文字で刻んであります。大学にその名を冠する、後に欧州共同体の礎を築いたロベール・シューマン氏もまた、対ナチス抵抗運動の英雄として有名でした。そして、戦禍の苦しみを舐めた結果、欧州における人権や民主主義の保護・実現などを主な目的として、欧州評議会が1949年に当地で創設され、同年8月10日に同評議会議員総会の最初の会合が開催されたのがこの大学パレスなのです。欧州評議会の現在の加盟国は47カ国であり、トルコやロシアなども加盟しています。また、日本も1996年にオブザーヴァー国になりました。

写真①:大学パレス

写真②:クラベール広場
議論好きなフランス人
現在私は、ロベールシューマン大学の企業法研究所長ミシェル・ストルク教授のご厚意により、同研究所の客員研究員として株主・投資者擁護団体について研究しております。院生の頃に比較法の対象としてフランス法を選んで以降、フランスの文献を読むうちに、その議論の展開の緻密さにしばしば驚きを覚えたものでした。
先日、研究員が集まる会議に参加させていただく機会がありました。最初の1人が話し始めたところ、やがて誰かが前の人の発言が終わらないうちに自分の意見を述べ始め、気づけば全員が一斉に口を開いて持論を弁じており、一体誰か聞いている人がいるのかしらと驚いたことでした。しかも、彼らは何事についても常に多くの理由を準備しているように思えます。まだ私の耳がうまく聞き取りできないためもあり、途中からは、皆の発する「なぜなら」「なぜなら」「なぜなら」しか聞こえなくなってしまいました。しかも、必ずしも結論を求めている訳でもないらしい。このように皆して議論を暖めるだけ暖めた後は一転、至ってなごやかな雰囲気に笑顔で戻るという鮮やかさにも驚かされました。
「参加することに意義がある」、オリンピックを髣髴とさせるようなフランス人の議論好きに驚くのは、実は日本人だけではなく、ご近所のイギリス、ドイツ人も同様だそうです。また、理科系の研究者であるドイツ人の友人に聞いたところ、やはりそのような場面が目の前で展開されたそうですので、法律学の分野に特有の現象という訳でもないらしい。学生の頃、訳も分からず読んだ「われ思う、ゆえにわれ在り」という言葉を残したデカルトはフランス人でしたが、実は、フランス人の感覚は「われ話す、ゆえにわれ在り」であるというのが親しくしていただいているフランス人マダムの意見でした。これを反対解釈すると「話さなければ、存在しない」ことになります。こちらに来て半年、言葉よりもむしろ、まずモノを言ってみる、というこの姿勢に慣れてきたように感ずる今日この頃です。
写真②:ノエルの時期のクラベール広場。ストラスブールで一番高い26メートルのクリスマスツリーが立ちます。この時期は暗く冷たい日々が続くので、街を彩る灯りを眺める嬉しさは格別でした。
2008/3/8 古川 朋子
(法学部講師)


