あの人がマニアックな研究に目覚めた理由 Vol.3「育種と50万ぶんの1の確率」

あの人がマニアックな研究に目覚めた理由  Vol.3「育種と50万ぶんの1の確率」

「大学の先生って、『なんでそんなマニアックな道を極めちゃったの?』って感じの人、たまにいません? 僕、そういう人たちのことが気になるんですけど」。ふとした疑問を京都学園大学に投げかけたライターのカツセマサヒコさん。

「じゃあ、実際に聞いてみたら?」ということで、京都学園大学の先生に「どうしてその研究に目覚めたの?」と尋ねる企画を始めることになりました。 第三回は、育種・植物遺伝を研究されている、河田 尚之先生です!

50万ぶんの1を探し求める研究者

カツセマサヒコ

さっそくですが、先生は、どんな研究をされているんですか?

河田 尚之先生

私の研究テーマは、育種(いくしゅ)です。

カツセマサヒコ

イクシュ……?

河田 尚之先生

農作物や家畜の品種改良によって、より良い種を作り出すことを、育種って言うんですよ。

カツセマサヒコ

また、難しそうな分野ですね……?

河田 尚之先生

たとえばカツセさん、「食物繊維がたくさん入ったビール」とかができたら、ちょっとうれしくないですか?

カツセマサヒコ

あ、うれしいです。体に良さそう。

河田 尚之先生

あと、ウイルスが流行って野菜が全然育たなくなった中、ウイルスに抗体を持った野菜が発明できたら、すごいですよね?

カツセマサヒコ

すごいです。それはすごい。

河田 尚之先生

私は、そういった研究を34年間、やってきました。

カツセマサヒコ

先生、めっちゃすごい人じゃないっすか。

河田 尚之先生

いえいえ、そんなことはないです。

一気に興味を持ったので、どんな研究なのか具体的に聞いてみる。

カツセマサヒコ

価値が高い作物を作るって、かなり大変なことなんじゃないですか?

河田 尚之先生

そうですね。時間はかかりますし、根気もいると思います。

カツセマサヒコ

実際、どのくらいかかっています……?

河田 尚之先生

ひとつの改良品種を作るのに、12~3年ですかね?

カツセマサヒコ

12~3年? 大学生だったら8回くらい留年しないと、新種が見られないってことですか?

河田 尚之先生

ええ、なので、学生に育種を教えることはできても、成果を見ることはできないんですよ。

カツセマサヒコ

(そりゃあ、そうだろうなあ)

カツセマサヒコ

ひとつの改良品種を作るのに、そんなに時間がかかるんですね。

河田 尚之先生

たとえば「A」という病気に強い品種と、「B」という食味がいい品種があったとき、それらの良いところを合わせた品種を作るのに、まず7~8年かかります。

カツセマサヒコ

7~8年。その間、どんな作業をしているんですか?

河田 尚之先生

たとえば「病気に強い品種」と一言でいっても、世の中いろんな病気があるので、それぞれで「B」との組み合わせを試すわけです。絞っても、毎年50通りくらいかな。

カツセマサヒコ

50……。

河田 尚之先生

しかも、ひとつの組み合わせに対して、いいものをつくるために2~3000個体を育てて見ています。組み合わせが50通りで、ひと組み合わせあたり2~3000個体ってことは、単純計算で毎年5~6万の作物を見ていることになりますよね。

カツセマサヒコ

5~6万……。

河田 尚之先生

さらに、出来の良い改良品種が生まれるのは5~10年に1品種程度だから、トータルで50万くらい見ています。50万ぶんの1が、品種改良によって生まれる優れた個体の確率です。

カツセマサヒコ

すみません、ちょっと果てしなさすぎてよくわからないです。

河田 尚之先生

砂漠の中からダイヤモンドを見つけるくらいのモノですよ、こうなると。 しかも、そこからいいものができても、本当に病気が強いかどうかを調べるのに3~5年くらいデータを集めなきゃいけないんですよね。農家の人に勧めるのに、出来が悪かったら怒られますから。

カツセマサヒコ

たしかに。

河田 尚之先生

結果、12~3年かけてようやくひとつの改良品種が、日の目を見るわけですね。たとえばそれが大麦なら、実際に一般家庭やお店のビールとして世に出るかもしれないですからね、うれしいですよ、そのときは。

カツセマサヒコ

普通に会社員やっていても、そこまで長期間のプロジェクトってなかなかないでしょうからね。感慨深いだろうなあ……。

先生がこの道にハマっていった理由

カツセマサヒコ

先生は、どうしてこの道に進もうと思ったんですか?

河田 尚之先生

私は、ワトソンとクリックがDNAの二重らせんを発見した翌年に生まれました。そこから20年で遺伝子の研究はかなり進み、日本でも染色体くらいはいじられるようになった。そのタイミングで大学院にいたこともあって、育種の世界に入り込んでいきました。

カツセマサヒコ

時代的にも、遺伝子研究が伸びたころだったんですね。

河田 尚之先生

大学生のころから植物遺伝に興味はあったんです。それを実用的に、世の中の役に立つようにできる分野を考えたら、育種の分野だったんですよ。

カツセマサヒコ

なるほど。生物学自体に興味を持ったのはどういったタイミングだったんですか?

河田 尚之先生

いつだろうなあ……。幼少期は、夏休みの自由研究で押し花をやる程度でした。高校時代になっても、「理科では生物学が一番好き」くらいの感覚しかなかったですね。

カツセマサヒコ

どうして物理や化学ではなく、生物を?

河田 尚之先生

単純に物理学を習得できる自信がなかったし、生物学はきちんとデータを読んでいけば、理屈の世界で通用するので面白いと思ったんです。そのあと、大学で学んでいくうちに植物遺伝を研究しようと思って、結果、農学を勉強して農水省に入りました。

カツセマサヒコ

「農水省に入る」って簡単に言いましたけど、すごいことですよね……?

河田 尚之先生

いえいえ、当時は試験採用だけで入れる職種だったんですよ。私は面接が得意ではなかったし、一番確実なのが公務員だったから、農水省に入っただけです。

カツセマサヒコ

(やっぱり簡単そうに言うけど、死ぬほど努力されたんだろうなあ……)

カツセマサヒコ

農水省に入ってからは、どんなことをされたんですか?

河田 尚之先生

働く場所は転々としていましたが、基本的にはずっと麦の品種改良でした。大学院から小麦の遺伝と品種改良を研究テーマにしていましたし、それ一筋で生きられたのは、ラッキーだったと思います。

カツセマサヒコ

院卒ってことは26歳から60歳の定年までですよね? 34年間、「育種」ひとつのテーマで仕事を続けるって、なかなかしんどいんじゃないかって思うんですが……。

河田 尚之先生

育種は、最終的にモノにならなきゃいけないんですよ。過去の論文を読みながら、まだ誰も手を付けていない品種を設計していくんですが、理屈で推測した設計図が、10年近くかけて実際にモノとしてできあがったら、単純にうれしい。そこがモチベーションになっていましたね。

カツセマサヒコ

パズルみたいな感覚なんですかね……。

河田 尚之先生

仕事としては、大変ですよ。麦は3月から花が咲き始めるから、6月くらいまで観察しながら収穫して、夏中に細かな分析をやって、そこから品質の分析をずっとやる。毎日やることがたくさんあります。

カツセマサヒコ

イメージ沸かないですけど、50万分の1を探すんですから、大変そうなことは容易に想像できます。

河田 尚之先生

それでも私は、ラッキーなほうでした。いくら頑張っても、50万分の1を見つけられない人もいるんです。それは努力とか才能の差だけではなくて、確率の問題ですから、天候などにも左右されるし、長年やってもなかなかできないこともあるんです。

カツセマサヒコ

10年かけても結局作れないとか、悲劇だなあ……。

河田 尚之先生

そういう人も、たくさんいます。その中で私は広く普及した改良品種に5~6品種出会えた。これはラッキーだったと思います。

カツセマサヒコ

根気強く続けるコツって、あるのでしょうか?

河田 尚之先生

私は、やっただけ成果が出たことが大きかったですね。「過去にできたんだから、きっとできるだろう」と思うようにしていました。

カツセマサヒコ

過去の成功体験が、背中を押していたんですね。

河田 尚之先生

そうですね。結果、農水省を辞める3年前に作った品種は、世界でも最も早生で多収の品種だと思います。そうしたものに最後に出会えたことも、ラッキーでした。

カツセマサヒコ

「ラッキー」の一言では片付けられない努力があることを、ヒシヒシと感じますよ本当に……。

「畑から胃袋まで」河田先生が大学で教えていること

カツセマサヒコ

育種の話を聞けば聞くほど、大学で教えるのは難しいと思ったのですが、先生は京都学園大学でどのようなことを教えているんですか?

河田 尚之先生

農作物の栽培や加工から始めて、遺伝学や品種改良の基礎までを教えています。

河田 尚之先生

たとえば稲はそのまま育てれば米になりますが、麦は加工しないと食品にはなり得ません。大麦ならビールの原料、小麦なら麺にするかパンにするか。製麦や製粉の工程などもで教えています。

カツセマサヒコ

え、じゃあ先生の授業を受けると、パンを作れたり、ビール作れたりするんですか?

河田 尚之先生

まあ、そうなりますね。

カツセマサヒコ

それ、どう考えても楽しいやつじゃないですか。

河田 尚之先生

食農学科のコンセプトは「畑から胃袋まで」ですからね。「せっかくモノを作るなら地産地消になるほうがいい」と、私たちが作った改良品種を使って、ちゃんといいものが栽培できるか試験して、生産量を確保し、加工して、ビールになるその過程を全部見てもらえるように教えています。

カツセマサヒコ

食農の一番楽しい部分から学べるのは、モチベーションになりそうでいいなあ……。

河田 尚之先生

ゆくゆくは、学内で創られた作物や食べ物が、全国に流通するようになればと思っていますよ。

カツセマサヒコ

夢があって本当に最高です。ありがとうございました!

おわりに

「老後は園芸作物をやりたいんですよ。『ギボウシ』って知ってますか? 日陰でも育つ、葉がきれいな日本原産の園芸植物なんです。ギボウシは見ていて楽しいし、交配して自宅で育てるのを、今から楽しみにしています」と、うれしそうに語る河田先生。

「麦の収穫は4~5月が多いので、約30年、5月の大型連休を取ったことがないんです」と驚愕の事実も淡々と話してくださり、何それ死んじゃうと思ったのですが、「こういう仕事は、趣味の延長線上のつもりでいないとなかなか続かないですよ。好きだからこそ、休まなくても楽しいんです」と、天職の神髄を教えてもらえた気がしました。

「好きなこと、興味があることを仕事にする」ことの一番のメリットは、他の人からしたら大変そう・辛そうと思うことも、本人は辛いと感じずに済むことかもしれないと実感。

皆さんも、それほど熱中できる仕事にいつか出会えますように!

今回お話を聞かせてもらった先生

河田 尚之先生

河田 尚之先生

京都学園大学バイオ環境学部食農学科 食資源コース農業生産学研究室教授。
京都府出身。岡山大学大学院農学研究科修了。修士(農学)。農林水産省九州農業試験場研究員、農林水産技術会議事務局研究調整官、栃木県農業試験場ビール麦育種指定試験地主任、農業研究センター作物研究所大麦育種研究室長、九州沖縄農業研究センター上席研究員などを経て現職。専門分野は、「作物育種」、「植物遺伝学」。担当科目は、「日本の農業」、「遺伝育種学」、「作物保護学」、「作物学実験」など。

カツセマサヒコ
カツセマサヒコ

フリーライター。1986年東京生まれ。編集プロダクション・プレスラボでのライター経験を経て、2017年4月に独立。
広告記事、取材記事、エッセイ、物語等の企画・取材・執筆を行う。
Twitterでの恋愛・妄想ツイートが10~20代前半の女性の間で話題を呼び、フォロワーは現在9万人を超える。
趣味はTwitterとスマホの充電。

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