あの人がマニアックな研究に目覚めた理由Vol.7「仏教は、差別や暴力を許容していた?」

あの人がマニアックな研究に目覚めた理由 
Vol.7「仏教は、差別や暴力を許容していた?」

「大学の先生って、『なんでそんなマニアックな道を極めちゃったの?』って感じの人、たまにいません? 僕、そういう人たちのことが気になるんですけど」。ふとした疑問を京都学園大学に投げかけたライターのカツセマサヒコさん。

「じゃあ、実際に聞いてみたら?」ということで、京都学園大学の先生に「どうしてその研究に目覚めたの?」と尋ねる企画を始めることになりました。 第七回は、日本中世史を研究されている、平雅行先生です!

差別や暴力って、いけないものですか?

カツセマサヒコ

先生は、日本中世史を専門に教えているんですよね。具体的には、どんな研究をされているんですか?

平雅行先生

主な研究は、親鸞ですね。

カツセマサヒコ

…………。

平雅行先生

親鸞です。

カツセマサヒコ

……えっと、

平雅行先生

しんらん。

カツセマサヒコ

しんらん。

しんらん。

平雅行先生

浄土真宗の宗祖とされている人です。法然の後を継いで布教を続けたのですが、既存の仏教からは弾圧を受けていたという人ですね。

カツセマサヒコ

なるほど、この連載史上、最も苦手な分野であることはわかりました。

平雅行先生

いや、そんなことはないと思いますよ(笑)

平雅行先生

カツセさんは、差別や暴力って、いけないものだと思いますか?

カツセマサヒコ

ええ、そりゃあもちろん。言うまでもなく、倫理的にNGでしょう?

平雅行先生

そうですね。では、法然や親鸞が浄土真宗を広めるまでの仏教は、どうだったか。

カツセマサヒコ

ほお……?

平雅行先生

たとえば、いいことをしたら、いい結果になる。悪いことをすると、バチが当たって悪いことが起こる。だから、悪いことはしてはいけない。これが仏教の原則です。

カツセマサヒコ

ふむふむ、わかります。

平雅行先生

ところが、この世界には、身分の高い人がいれば低い人もいますし、金持ちもいれば貧しい人もいる。そのことは、どう説明すればいいでしょう?

カツセマサヒコ

んんー? たしかに。どう説明するんだ……??

平雅行先生

こういうとき、あの時代では「宿業」という言葉をよく使ったんです。「宿業」を簡単に言うと、「前世でどれだけ頑張ったか」ってことです。

カツセマサヒコ

ええ? 自分じゃ、どうにもできない問題じゃないですか。

平雅行先生

そう。仏教では、社会に格差や差別が存在するのは仕方がない。貧しい人間がいるのは、前世でそいつが怠けていたからだと考えたんです。

カツセマサヒコ

えええ、散々すぎる……。

平雅行先生

中世の日本は、仏教の力がとにかく強大で、政治にも文化にも、どこにでも仏教が浸透していました。とくに当時の延暦寺は大きな力を持っており、お坊さんの権力は、天皇家でもコントロールできなかったとされています。

カツセマサヒコ

そんなに。

平雅行先生

仏教界は貴族と癒着していましたので、「今こんな境遇になったのは、前世のお前が悪いんだぞ」と言って、差別や格差を本人のせいにした。だから、旧態依然の仏教の考え方では、身分差別や貧富の格差は肯定することになっていたんですよ。

カツセマサヒコ

仏教、ちょっとしたジャイアンじゃないですか。

平雅行先生

ひどい社会だと思うでしょう? でも、この「前世」を「現世」に置き換えるだけで、現代社会の構図と似ていると思いませんか?

カツセマサヒコ

と、言うと?

平雅行先生

「お前が怠けたから、こういう結果になったんだ」と言うのが、現代の自己責任論でしょう? その自己責任論と全く同じパターンの議論が、中世の日本では「前世」と「仏教」の理屈を使って、正当化されていたわけです。こうなると、二つの時代は酷似していると思いませんか?

カツセマサヒコ

たしかに。そう考えると現代社会もなかなか残酷ですね……。

平雅行先生

そう。その考え方に異を唱えたのが、親鸞という人物だったわけです。どうです? 面白いでしょう?

カツセマサヒコ

俄然興味が出てきました。先生すごいです。

なぜ日本における宗教は影響力をなくしていったのか?

カツセマサヒコ

先生は仏教が日本のそこら中に浸透していた時代から、影響力が弱くなっていった現在までの流れを把握されていると思うんですけど、どうして現在の日本って無宗教的なんですかね?

平雅行先生

自然に対する人間の力が強くなっていけばいくほど、神や仏の力は小さくなります。例えばトヨタが自動車を作るときに、おそらく一台ごとに神様仏様にお祈りはしていませんよね。

カツセマサヒコ

それはないですね、たぶん。

平雅行先生

でも中世の日本では、たとえば田んぼで稲を作ろうとしても灌漑設備はかんたんに整えられるものではなかった。ちょっと雨が降らなければ作物は枯れ、雨が降りすぎてもダメになってしまうから、人間は今以上に自然に翻弄されていたんです。

カツセマサヒコ

なるほど、そこで神頼みを?

平雅行先生

そう。自然を体現しているのが神様だから、神様をなんとかコントロールしたいということで、神頼みするんです。逆を言えば、いろんな技術が発達していくことで、神や仏に対する依存性が小さくなっていくことは当然だったのでしょう。

カツセマサヒコ

なるほど~。

平雅行先生

でも、中世も結構シビアですよ。ある程度技術が発達してくると、単純に神様仏様と言っても、白い目で見られるだけなんです。結局、皆の信仰心を獲得するためには、お坊さんたちは不断に新しい知識や技術を取り入れないといけなかった。

カツセマサヒコ

そっか。信仰心を維持するためには知識やテクノロジーの裏付けが必要だったんですね。

平雅行先生

そう。たとえば中世のお坊さんたちは漢方薬に関する知識を持っていたから、薬を与えたうえで祈祷して病気を治していたわけです。ただ単に何でもかんでも信じろと言って聞くような時代ではなかったんですね。

カツセマサヒコ

じゃあ現代はそのほとんどがテクノロジーに支えられているから、いずれ宗教はなくなってしまう……?

平雅行先生

小さくはなりますけど、なくなりはしない。私たちは自分の思い通りに自分の人生をコントロールできるわけではありません。色んな偶然に支えられながら生きているはずで、そういう偶然にこそ、神や仏が活きるわけですよ。

カツセマサヒコ

説明できない部分に宿るんでしょうね。

平雅行先生

そう。人間は絶対に死ぬわけですからね。死ぬという不条理を抱えている以上は、神や仏がなくなることは絶対にないと思います。

カツセマサヒコ

死を克服できない限りは、ってことか。おもしろいなあ……。

先生が親鸞に目覚めた理由

カツセマサヒコ

先生は、どんなきっかけがあって親鸞にハマっていったんですか? 幼少期から好きだったわけじゃないですよね?

平雅行先生

そうですね。幼少期は本を読んでいることが多かったです。それで、小学校高学年くらいのタイミングで中央公論社から「世界の歴史シリーズ」が発売されて、歴史ブームに乗っかるかたちで、世界史に興味を持ちました。

カツセマサヒコ

あれ、そのときは世界史だったんですね?

平雅行先生

そうです。でも、高校になって大学受験を考えたときに、担任の先生から言われたのは、「西洋史は今ひとつ」だと。

カツセマサヒコ

えー! なんでそんなことを言うんですかね?

平雅行先生

世界の歴史学者と日本人学者を「世界史」の分野で比較したとき、日本人のレベルはそこまで高くないんですよ。それに比べると、日本史はもちろん、東洋史なんかは日本人の学者のレベルが相当高い。どうせなら、レベルの高いところを選べ、と。

カツセマサヒコ

なるほど、すごくリアルだ……。

平雅行先生

それで、大学では日本史を学ぶことにしたのですが、当時は大学紛争の真っ只中で、「今をどう生きるのか」を皆が問われていた時代だったんです。

カツセマサヒコ

またムズカシイ時代だなあ……。

平雅行先生

当時の私は、なんとなく、自分の生きている社会とその中にいる自分の立ち位置がしっくりきていない感覚がありました。それで、自分の意に沿わない時代を生きていくためには、どんな風に生きていったらいいかを考えているうちに、「ああ、親鸞も、そういう時代を生きた人だったな」と思い当ったんです。

カツセマサヒコ

そこで親鸞が出てくるんですか! まさに歴史から学ぶ姿勢……!

平雅行先生

卒業論文の内容は、自身の私小説のようなものでした。晩年の親鸞は、壊れていくんです。

カツセマサヒコ

壊れていく?

平雅行先生

戦後直後の時代と、それから30、40年経った時代とでは、雰囲気が随分違いますよね? 親鸞も同じことです。時代の変化にうまく対応できずに、最晩年に彼の思想が壊れてゆくのです。

平雅行先生

これは今を生きている当時の自分自身にも当てはまる実感があった。自分も壊れている、と思っていました。そこで、「壊れていく親鸞と壊れている自分を重ね合わせながら、晩年の親鸞を描く」。それが私の書いた卒業論文です。

カツセマサヒコ

想像以上に壮大な内容だ……。そこからどうやって学者に?

平雅行先生

親にはまだ、かじれるだけの脛があったものですから、モラトリアムを少し延長して、大学院に行くことにしました。そこで法然の魅力に気付いて、法然に関する修士論文を書きました。それで学会にデビューしたんです。

カツセマサヒコ

そこから今の進路が定まっていくんですね。

平雅行先生

そうですね。当時書いた法然の論文は手応えがあって、少なくとも25年はこれを超えるものは出ないと思えました。

カツセマサヒコ

すごい! 25年!

平雅行先生

あとは順当に法然、親鸞を研究していたのですが、そこから先が、ほかの研究者と違う道を歩んでいきましたね。普通の研究者は法然、親鸞といって、あと道元、日蓮を研究するけれど、今私は鎌倉幕府における仏教を調べているわけですから。

カツセマサヒコ

なるほど。先生は周りや社会がどうこう、というよりも、自分がどうしたいかを何よりも真剣に考えていたんでしょうね。

平先生が、学生たちに教えたいこと

カツセマサヒコ

先生は、学生たちにはどんなことを教えているんですか?

平雅行先生

私の専門は日本中世史ですが、学生には調べたい時代や分野は自由に決めさせて、僕は「調べ方」のテクニックだけを教えるようにしています。

カツセマサヒコ

歴史って、もう答えがあるものじゃないですか。あえて本人たちに調べさせる意味は……?

平雅行先生

いえ、歴史も、まだ答えが出ていないものばかりですよ。だから研究を通して、「その世界をどう見るか」を自分の力で身に着けてほしい。その力は、人に教えるものではないし、人から教えられるものでもないから。

カツセマサヒコ

なるほど。

平雅行先生

たとえば800年前の出来事を紐解いて、当時の人たちがどれだけ迷妄だったかがわかったとする。すると、逆に800年先の人間から見たら、我々がいかに迷妄かということが見えてくるということですね。私が学生に言うことは、800年前の歴史をなぜ学ぶかというと、800年先の未来から今を見つめるためなのだということです。

カツセマサヒコ

めちゃくちゃ面白い。

平雅行先生

先ほどの仏教の考えも一例にすぎないですが、現代社会に生きる私たちは宗教の迷妄からは自由になっているかもしれないけど、それに代わるものにいっぱい縛られている。たとえば、マネーとか民族とか。

カツセマサヒコ

たしかに。そう考えると、何が自由なんだろうということも考えますし、自分はどう生きるんだろうということも、同じように考えるべきということなんですね。

平雅行先生

そう。そして「生き方」は、自分で考えるべきこと。どのように生きるかを教えるなんて、教師としての分際を越えています。そこまでは立ち入ってはいけないし、学生たちも自分でたくさん調べて、読んで、探すなりして自分で答えをみつけないと。簡単に手に入るものなんて、大した価値がないんですよ、きっと(笑)

カツセマサヒコ

ネットがこれだけ発達した今だからこそ、刺さる言葉のように思えました。ありがとうございました!!

おわりに

「簡単に手に入るものなんて、きっと大した価値がない」。
最後にポロっと出てきた先生の言葉に、背筋が伸びました。

そんな先生は現在、鎌倉幕府を支えた旧仏教について研究しており、鎌倉幕府で活躍した旧仏教の主なお坊さん400人のうち300人を、20年かけて調べ上げたのだそうです。

途方に暮れる数字に頭がクラクラしたのですが、やはり苦労して手に入れた真実は、裏切らないのだろうと思いました。

実はまだまだ明かされていないことばかりの歴史の世界。未来を知るために、紐解いてみてはいかがでしょう?

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今回お話を聞かせてもらった先生

平雅行先生

平雅行先生

京都大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。京都橘女子大学・関西大学助教授、大阪大学教授を経て現職。専門は日本中世史・古代中世仏教史。
主な著書に『鎌倉仏教と専修念仏』『日本中世の社会と仏教』『親鸞とその時代』、共著は『日本歴史大事典』や高校教科書『日本史B』等。熱烈な阪神タイガースファンでもある。

カツセマサヒコ
カツセマサヒコ

フリーライター。1986年東京生まれ。編集プロダクション・プレスラボでのライター経験を経て、2017年4月に独立。
広告記事、取材記事、エッセイ、物語等の企画・取材・執筆を行う。
Twitterでの恋愛・妄想ツイートが10~20代前半の女性の間で話題を呼び、フォロワーは現在9万人を超える。
趣味はTwitterとスマホの充電。

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