「妖怪は絶対にいません」妖怪を研究して30年の佐々木先生に話を聞いてきた

「妖怪は絶対にいません」妖怪を研究して30年の
佐々木先生に話を聞いてきた

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みなさん、こんにちは! ライターのさえりです。
突然ですがみなさん。

妖怪っていると思いますか?

……急にどうしたんだと思った方もいるかもしれませんが、今回は京都学園大学で「妖怪」を研究している先生にお話を聞いてきました。

「妖怪を研究???」とはてなマークでいっぱいの皆さん、安心してください。
わたしもはてなマークでいっぱいです。

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今回お話しを聞かせてくださったのは、京都学園大学・人文学部歴史文化学科の佐々木高弘先生。

佐々木高弘先生

兵庫県出身。大阪大学大学院博士課程で歴史地理学と民俗学を研究し、同大学文学部の助手に。京都文化短期大学で講師を務めた後、京都学園大学人文学部教授となる。著書に『神話の風景』『民話の地理学』『怪異の風景学』『京都妖界案内』など。

さえり

今日はよろしくお願いいたします!

「妖怪」についてお話を伺ってみた

さえり

妖怪について研究している、と聞いたんですが……。いったい大学ではどんな授業をしているのでしょうか?

佐々木先生

そうですね、ぼくはこういう風に授業をはじめています。

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「妖怪はいません」

さえり

えっ!

佐々木先生

いや、妖怪なんていないですよ。もしカッパがいたら絶対動物園に入っているはずなんです。でも、もし本当に動物園にカッパがいたら、もうそれは妖怪とは言えないですよね。動物ですから。

佐々木先生

この世にいないから妖怪なんです。

さえり

たしかにそうですね……。でも先生は妖怪を研究されているんですよね?

佐々木先生

そうですね。妖怪っていうのは日本人の精神に深く根付いている、いや染み込んでいる文化なんです。

さえり

文化……?

佐々木先生

はい。花見や年末だって全部「妖怪」が関係しているんです。

佐々木先生

ゆっくり話しますね。

妖怪は「現象」であり「神」であり「文化」である

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佐々木先生

そもそも妖怪というのは、もともと“現象”のことだったんです。変な音がしたとか、変なことが起こったとか、そういう現象のことを昔の人は「妖怪」と呼んでいました。

佐々木先生

妖怪というもの自体は古事記の頃から描かれていて、源氏物語でも出てくるんですが、それが室町時代ぐらいから「絵」として描かれるようになったんです。

さえり

えっ、そうなんですね。じゃあ、妖怪というのは必ずしもあんなおどろおどろしい形をしているわけではない、と。

佐々木先生

そうです。あれは絵師が、絵にしただけなんですよね。

佐々木先生

科学が発展していなかった頃、不可解な現象が起こるとそれらはすべて妖怪の仕業だと、思われていました。たとえば、雨が降らないとか、疫病が広まったとか、そういうのはすべて妖怪の仕業だったんです。

佐々木先生

「なぜ日照りが続くんだろう?」「なぜ台風がくるんだろう?」と考えた時に、これは妖怪がやってきてるんじゃないか、と考えていたんですね。

さえり

なるほど……。そういう悪い現象である妖怪たちと日本人はどう付き合ってきたんでしょうか?

佐々木先生

これには日本人の独特の考え方があるんです。

妖怪は祀れば神になる……?

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佐々木先生

「妖怪」を彼らはどんな風に追い払っていたと思いますか?

さえり

うーん……。鬼退治! とか聞くように、どうにかして退治するとか……?

佐々木先生

いろんな方法がありますが、ひとつ面白い方法が、妖怪を神として祀った、ということなんです。

さえり

えっ? 神として?

佐々木先生

妖怪は祀れば神になるし、祀らなければ祟りを起こす。昔、菅原道真っていう人がいたんですが……、

さえり

あっ、学問の神様として知られている人ですね。

佐々木先生

そうです。彼が神社に祀られるようになった経緯というのがあって。

佐々木先生

菅原道真は小さな頃から天才で、すぐに政治の階段を駆け上って大臣になったんです。けれど彼を貶めようとした人たちの仕業で、左遷されてしまう。そして菅原道真は死んでしまった、と。

そのあとから、次々悪い事が起こるようになったんです。菅原道真を貶めた人たちが清涼殿っていうところで雨乞いの会議をしていたところ、黒い雲が迫ってきて清涼殿に雷が落ちて。みんな死んだんです。次いで、天皇も亡くなってしまった。

そして各地でも不可解なことが起こり始めたんです。いろんな場所で女や子どもが何かに憑かれて。聞くと、「菅原道真だ、祀れ」と言っていると。こういうことが何度も起こるようになって、恐れた人たちは菅原道真を北野天満宮に祀ったんです。

すると災いはスッと収まったんです。

佐々木先生

今でもわたしたちは彼を神様として祀っていますよね。つまり、妖怪は祀らなかったら妖怪のまま。祀ると神になって災いは収まる、と。

さえり

なるほど……! 神として大事にしなければいつでも祟りが起こるかもしれないということですね。

さえり

うーん。退治ではなく「祀る」というのが妖怪を鎮める方法のひとつとは面白いですね。それにそんな風に「神」ができていくなんて、本当に多神教の日本ならではですね……。

佐々木先生

そのとおりですね。

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佐々木先生

菅原道真ほど畏れられていた妖怪は神になりますが、他の妖怪の追い払い方としては「妖怪をおもてなしする」というものもありますね。

さえり

おもてなし、ですか?

佐々木先生

そう。花見ってどうして行っていると思いますか?

さえり

うーん……たしかに言われてみれば……。花見になるとお酒を飲んだりして騒いでいますが、あれって何故なんでしょう……?

佐々木先生

お酒を飲んでご飯を食べて……不思議ですよね。じつは花見って、妖怪を「おもてなし」しているんです。

さえり

えっ……!?

佐々木先生

昔、桜が咲く季節になると、虫が増えて疫病などが増えたんです。それを昔の人は桜の季節になると「妖怪がくる」と思ったんです。
そこで日本人が思いついたのが山海の珍味を差し出して、お酒を振舞って存分に楽しんでいただいて、それで悪さをせずに帰ってもらおうという方法だったんです。

佐々木先生

だからわたしたちは、花見になるとその下に訪れる妖怪たちに酒を振舞っておもてなししているんですね。

さえり

えーっ!!! 知らなかった……!

佐々木先生

でしょう。年末の大掃除や節分の豆まき、夏祭り、あの祇園祭なんかも、もともとはそういった「妖怪」をおもてなしするための行事なんですよ。

さえり

他の行事も妖怪が関わっているんですか!

佐々木先生

そうです。もうわたしたちは忘れてしまっていますが、年次行事の発祥は「妖怪」なんですよね。

さえり

そうだったんだ……。それにしても「おもてなしして帰ってもらおう」というのもまた面白いですね……。

佐々木先生

そうですね、人はあるべき場所にあるべきものがないから嫌がるんです。

さえり

あるべき場所にないから……?

佐々木先生

そう。たとえば、庭に砂が落ちているときにはなんとも思わないのに、台所に砂が落ちていたらものすごく嫌な気持ちになりますよね。それに、つばが口の中にあるときはなんとも思わなかったのに、手についたらものすごく汚い! って思う。不思議ですよね、さっきまで舐めていたくせに(笑)

さえり

たしかに!(笑)

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佐々木先生

でも「あるべき場所」にあってくれたら問題はないはずなんです。

佐々木先生

妖怪も、あの世からこの世に来てもらったら困るけれど、あの世に帰ってくれたらいいと。そんな風に日本人は考えるんですよね。

さえり

なるほど! だから「おもてなし」をして早く帰ってもらおう、ということなんですね。

佐々木先生

そうです。わたしたちはそんなことをもう意識していないけれど、文化として根付いている。つまり妖怪とは日本の文化である、っていうことなんです。

さえり

そういうことはどうして忘れられてしまったんでしょうか?

佐々木先生

もともとは菅原道真のようにストーリーがあって何かが妖怪になるのですが、江戸時代になって1ページに1妖怪描かれた「妖怪図鑑」というのができたんですよね。1ページ目はカッパ、2ページ目は鬼、というようにストーリーの説明が省かれてしまって。

佐々木先生

それでわたしたちはいつのまにか「妖怪」をただの異形のものと思ってしまったんですが、文化だけは根付いて残っている、というわけなんです。

さえり

知らなかった……。でも「祀ればOK」「おもてなしすればOK」という考え方ってすごく独特で面白いですね。これって日本人特有の考え方なんでしょうか?

佐々木先生

そうなんです。日本人は物事を「正義」と「悪」の二極化で捉えず、真ん中で生きられるんですよね。神も祀っている間はいいもので、祀らなくなれば祟りがある、とかそういう風に「曖昧」に捉えることができる。

さえり

そっか。たとえば何かが「正義」で何かが「悪」なら、「悪」は退治しようという考え方になりますけど、悪も正義も表裏一体であるという考え方ができているわけですもんね。

さえり

今お話伺いながら思ったんですが、最近ヒットしていた映画『シンゴジラ』のラストもそうでした。ネタバレして怒られたら嫌なので記事ではラストは伏せますが……。ごにょごにょっていう最後だったんです。

佐々木先生

なるほど! それもたしかに日本人らしい思想ですね。

※シンゴジラをみていない方は是非みてください

佐々木先生

海外の人は、この「真ん中をとる」という考え方を不思議に思うようです。『もののけ姫』が海外で上映されたとき、「誰が悪い人で誰がいい人なのかわからなくてどう見たらわからない」という声があがったんだそうです。

さえり

たしかにシシ神はいい生き物なの? 悪い生き物なの? が一言では語れないあたりが、日本人の思想らしいってことなんですね。

さえり

でもどうして外国の方はその「曖昧さ」をうまく受け入れられないんでしょうか?

佐々木先生

これには唯一神の考え方が関係しているんだと僕は思います。多神教のように、いろんなものを受け入れられていればいろいろな考え方を共存させられます。今世界中でテロが起こっていますけど、あれは唯一神ならではの「正義」と「正義」のぶつかり合いですよね。彼らは一方が正義であれば一方は悪なんです。こうなると紛争はいつまでもなくならないですよね。

さえり

そうですね。多神教でいられたら、両方認め合って生きていけるかもしれないですよね。

佐々木先生

そうなんですよね。実際に海外では今そういった「多神教的な考え方」をなんとか取り入れられないかと研究しているところもあるんだそうです。

さえり

そうなんですね!

佐々木先生

もともと戦後間もないマッカーサーの時代には、「多神教は幼稚な考えで、“自我の確立ができていない”」と考えられていたんです。というのも、キリスト教以前には世界は「神々」のものだったのに、それが統一されて「唯一神」という考え方がされるようになったという歴史があるからです。

佐々木先生

こんな風に統一されていないのは、自我が確立されていないからだ、幼稚だ。と昔は考えられていたんですね。

佐々木先生

でも今ではそれがすっかり変わって「多神教的考え方を取り入れられないか」と研究されている。日本人の思想がどれだけ独特で、海外に注目されているかがよくわかりますよね。

さえり

面白いですね……。でも本当にそういう考え方が海外にも根付くんでしょうか?

佐々木先生

うーん。どうでしょうね。だいぶかけ離れた考え方ですから。「悪い災いを起こしたもの」を神として祀るのは海外の人にはかなり独特にうつるかもしれませんしね。でも僕は靖国神社への参拝も、こういった日本人らしい思想からきていることだ、と思っていますね。神として祀ることで、後世に平和をもたらそうとするというか。

さえり

(そういう風に考えた事なかったけど、たしかにこれまでの日本人の考え方を聞いていると納得だなぁ……)

さえり

こういう思想を、わたしたち日本人がもっと知っていればこの「良さ」を海外に広めていけるかもしれませんね。

佐々木先生

そのとおりです。妖怪と少し離れた話のように感じたかもしれませんが、日本人の思想という意味では「妖怪を知る」ことでようやくわかることがあるんです。

佐々木先生

わたしたちが「無意識」でやっていたことを、もっと意識的に理解していけたら、世の中はもう少し平和になるかもしれないですね。

さえり

(いい話だ……)

なぜ人は妖怪を語るのか?

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さえり

そろそろ取材も終盤ですが、先生は今後どんな研究をしていきたいと思っていますか?

佐々木先生

うーん。妖怪って「いない」んですけど、なぜ人って妖怪について語るんだろう、と僕は不思議に思っていて。

さえり

……。たしかに。いないのに、古事記の時代からいままでずっと語り継がれて、最近では『妖怪ウォッチ』に形を変えてまた根付こうとしていますよね。

佐々木先生

そうです。しかも全部「妖怪」を意識してないですよね。子供たちも不思議がらずにアニメを受け入れ、花見や年末行事もすべて不思議がらずに、でも続いていっている。

佐々木先生

じゃあ、誰が人に、妖怪のことを語らせているのか。と。

さえり

えっ……。

佐々木先生

ぼくはね、これが「景観」のせいではないか、と思っているんです。

さえり

景観、ですか?

佐々木先生

そう。つまり「場所」とも言えるんですが、

佐々木先生

特定の「場所」に来ると、人は無意識にある行為に出てしまうのではないか、と考えているんです。

さえり

な、なんだか怖くなってきました……。

佐々木先生

「人」について研究しようと思ったらその人が生まれた時から死ぬまでを研究すればいいですよね。

佐々木先生

でも、「場所」について研究しようと思ったら、そうはいかない。古代からこの場所にずーっと誰かが住んで、何かが起こって、ずっと蓄積されて、今ここに我々がいる。その歴史をすべて解き明かさないと「土地」はわからないんです。

佐々木先生

言い方を変えると、場所は過去を記憶しているんじゃないか、と僕は思っているんですよね。

さえり

場所が過去を記憶している……。

佐々木先生

そうです。よく思い出してみてほしいんですが、たとえばとある場所で神聖な気持ちになったり、攻撃的な気持ちになったり、エネルギッシュな気持ちになったりすることってないですか? 落ち着く、とかでもいいかもしれません。

佐々木先生

もっと言えば、大きな事件とかが起こった場所というのは地理学的に土地を見ていくと、何か昔に悪いことが起こった土地だったりすることはよくあるんです。もちろん解明はされていませんが、僕はこういうのは、場所が何かの影響をもたらしているんじゃないか、と思うんです。

さえり

たしかに、パワースポットとかってそういうものですもんね。古くから神聖な場所であれば、たしかに人みたいな小さなものが影響されるのも不思議ではないような気がします。逆も然りで、悪い影響を受けて事件が起こるというのもあるのかもしれないですね……。

佐々木先生

そう。そして、本題の「なぜ人は妖怪を語るのか」ということについても、「ある場所」に来ると人は何かを語らずにはいられないのではないか、と。

さえり

な……なるほど……。とある場所が妖怪を語らせるというのは、「なんだかここ怖いね」「そういえば昔こういうことがあったらしいよ」……とかこういう感じでしょうか。

佐々木先生

そうです! 土地に根付く妖怪たちが、僕らに妖怪を語らせているのではないかなと思うんです。

佐々木先生

……ちょっと不思議な話に聞こえたかもしれませんが、なにかそういうことを解明できたらいいなぁと僕は思っていますね。

さえり

それがわかったらすごいですね……。とはいえ、とっても難しそう。

佐々木先生

そうですね。妖怪を研究しようと思ったら、かなり多くの理論が必要なんです。まだまだ遠い道のりですが……、いつか解明してみたいと思っていますね。

さえり

何かが妖怪を語らせているのだ、とすると先生ももしかしたら何かによって妖怪を語らされているのかもしれませんよ。

佐々木先生

そうかもしれないですね。よく考えたら僕はなんで妖怪という異形のものを信じていないのにこんなに妖怪のことを研究しているのか、自分でもわからないんです。

さえり

(絶対妖怪の仕業だ……)

さえり

今日はお話ありがとうございました!

さいごに

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わたしたち日本人の独特な思想、妖怪と神、土地に根付く記憶……。なんだか不思議な話ばかりでしたが、先生のお話を聞いていると、妖怪は「オカルト」でもなんでもなく、わたしたちの思想そのものなんだという印象を受けました。

実際に先生のお話は、妖怪だけでなく歴史学や心理学、地理学、民俗学にまで及び、妖怪を研究することがいかに難しいかを考えさせられました。今でも全国各地から「妖怪」を研究したい学生さんが集まっているようですが、こういったいろいろな視点で学びを得ていくことが好きな学生さんなら、険しい道のりではありながらも大学時代にかなり刺激的な時間を過ごせそうですよね。

それにしても「花見」が妖怪をおもてなししている行事だとは知らなかったな……。今年もお酒をたくさん用意して、妖怪たちをおもてなしし、おとなしく帰ってもらいましょう。と、都合のいい解釈をしたあたりで本記事はおしまいです。

みなさまくれぐれも妖怪にはお気をつけて! それではまたね!

さえり
さえり

書籍・Webでの編集経験を経て、現在フリーライターとして活動中。
人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。
好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。
Twitter:@N908Sa (さえりさん) と @saeligood (さえりぐ)

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