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ニホンミツバチの研究

更新日:2016年11月11日(金)
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ニホンミツバチの研究

生物有機化学研究室 坂本文夫教授が、Matureに紹介された蜂球の研究や長い間謎であったニホンミツバチの集合フェロモンの研究について紹介します。

研究において大事なこと

大学での研究は、法律や道徳に反することでない限り何をやっても構いません。大事なことは、独自性があるかどうかということです。企業の研究・開発部門が目指す特許の場合もそうですが、その分野で独自性のある一番手のみが勝者で、二番手以降は価値がないという厳しい世界です。そこで、研究者たちは未知のテーマを見つけ、独自の結果を出すために日夜努力をしています。

研究テーマとして何を選択するかは、研究の成否に大きな影響を及ぼしますが、研究の出発点では不明なことが多く、運・不運も関係します。基礎調査を綿密に行い、万全の態勢で研究を開始したものの、予想外の競争相手が現れて、研究成果は全て持って行かれたというケースもあります。独自性の高い材料や手法を使うことは独自の研究の常道です。独自性の高い材料や手法が使えない場合でも、独自の視点や思考に基づく研究も独自の研究の近道です。素直な観察から不思議な現象を捉える感性、不思議なことを深く探求する熱意がとりわけ大事なことです。

純粋科学の場合は新しい発見に最大の価値を置きますが、応用科学の場合は研究成果を世のため人のために役立てることが価値のあることです。独自性の高い材料を使う研究は新しい発見には有利だが、応用には制限があるのがジレンマを感じる所です。何れにせよ、バイオ環境学部の研究としては常に応用を意識し、世のため人のために役立つ研究をするのが大事なことだと思います。

ニホンミツバチとセイヨウミツバチ

平成18年に当大学に採用され、研究テーマを何にするか考えていた時に、「ミツバチ学」の著者である菅原道夫氏と出会い、ニホンミツバチの共同研究を打診されました。それまでの筆者の仕事は医薬品の研究・開発で、個人や少人数では行なえませんが、ニホンミツバチの研究は大学でも実施できると思われました。ミツバチは最も人間との関係が深く、親しまれている昆虫です。市販されている蜂蜜のほとんどはセイヨウミツバチの蜜で、セイヨウミツバチは日本でも採蜜や花粉媒介のために家畜として飼育されています。これに対して、日本古来の野生種であるニホンミツバチはスズメバチなどの天敵や病害虫に強く、大木の洞や石垣のすき間などに天然の巣を作って生息しています。

ニホンミツバチでは遠心分離による採蜜ができないため、蜂蜜の生産性はセイヨウミツバチの数分の一です。そのため、明治初期に輸入されたセイヨウミツバチが全国に普及し、ニホンミツバチは絶滅するのではないかと心配されました。しかし、近年安価な蜂蜜の輸入量が増え、国内の養蜂業が衰退したために、都市近郊では競争相手のセイヨウミツバチが少なくなり、ニホンミツバチの生息数が増加しています。ニホンミツバチは日本の気候や環境に適合し、性質もおとなしく飼育しやすいミツバチとして好まれ、飼育する愛好家が増加しています。

セイヨウミツバチの研究者は世界中に何千人もいて、毎年数百報の研究論文が出ていると言われていますが、ニホンミツバチの研究者は国内に限られ、その数も少数です。ニホンミツバチはセイヨウミツバチと同じような外観で、中身も大して変わらないだろうという考えが背景にあったためと思われます。実際には、両方のミツバチでは幾つかの異なる点があることが分かって来て、この違いに着目して研究を進めています。

ニホンミツバチだけを誘引するキンリョウヘン

キンリョウヘンという東洋ランがあり、春になるとニホンミツバチはこの花の香りに引き寄せられるように群がります。この花には蜜腺がないので、この行動の目的は花蜜集めではなく、写真のように分蜂の時期には分蜂群までもが引き寄せられランの花房を包み込むように集結します。キンリョウヘンは中国から持ち込まれ、明治時代に全国に広まりましたが、セイヨウミツバチは全く関心を示さず、ニホンミツバチだけを誘引するために、この現象がミツバチの研究者に知られるようになったのは最近のことです。

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共同研究者の菅原氏は以前からニホンミツバチの誘引・集結の研究を行っており、誘引活性のバイオアッセイ法を考案していました。ベニア板の端近くにハガキ大の黒色画用紙2枚をピンで留め、一方にサンプルを置き、他方をコントロールとします。ベニア板の中央に巣板ごと移動させたミツバチをゆすり落して、一定時間後にサンプルの黒画用紙に集結したミツバチの数を調べて誘引率を算出する方法です。キンリョウヘンの花弁とガクの部分にニホンミツバチが集結することが、このバイオアッセイ法により確かめられていました。この部分に集合フェロモン様作用を示す物質が含まれているものとして実験を行い、エーテル抽出物の酸性成分にニホンミツバチを誘引する成分が含まれていることを突き止めました。酸成分の中で含有量が最も多く活性を持つ成分を分離して、NMRなどの分析機器を駆使し、この成分が3-ヒドロキシオクタン酸であることを確認しました。

次に、この化合物を化学合成し、誘引活性を測定したところ、単独では活性が弱いことが分かりました。主成分の3-ヒドロキシオクタン酸の他に第2成分が存在するという仮説を立て、キンリョウヘンと近縁のランの成分を詳細に比較しました。その結果、10-ヒドロキシ-2-デセン酸が第2誘引成分であることが判明しました。二つの成分をある比率で混合すると、キンリョウヘンの花と同じようにニホンミツバチの分蜂群を誘引・集結させることが確認されました。今後、この混合物を用いてニホンミツバチ養蜂に役立つ方法を開発したいと思います。

3-ヒドロキシオクタン酸について文献調査をしたところ、インドネシアに生息するトウヨウミツバチとクロオビミツバチの大アゴ腺(頭部にある分泌腺)に含まれているという論文が見付かりました。そこで、ニホンミツバチの大アゴ腺の抽出物を調べると、3-ヒドロキシオクタン酸とロイヤルゼリー成分(10-ヒドロキシ-2-デセン酸や10-ヒドロキシデカン酸でセイヨウミツバチにも含まれている)等が検出されました。更に、この抽出物の誘引活性を上記の方法で調べたところ、キンリョウヘンの抽出物に匹敵するような誘引活性を示しました。すなわち、キンリョウヘンはニホンミツバチの大アゴ腺にある集合フェロモンを合成し、それを利用してミツバチを誘引し授粉させていると考えられます。植物のランと昆虫のミツバチの共進化の過程で共通の成分を持つようになったのは大変興味深いことです。

セイヨウミツバチは腹部後背のナサノフ腺の分泌物質を集合フェロモンとして利用しており、その成分も解明されていますが、ニホンミツバチはこの成分に全く反応しません。一方、セイヨウミツバチは大アゴ腺に3-ヒドロキシオクタン酸を持たず、キンリョウヘンにも反応しません。ニホンミツバチとセイヨウミツバチの集合フェロモンが全く別物であることは驚きですが、生態学的に意味のある事かも知れません。

ニホンミツバチが天敵のスズメバチを撃退するメカニズム

ニホンミツバチとセイヨウミツバチで異なる行動の一つにスズメバチへの対抗があります。セイヨウミツバチの原産地では天敵のスズメバチが居なかったために、集団で攻撃を受けるとセイヨウミツバチは個々に立ち向かって行き全滅します。一方、野生のニホンミツバチは同所的に数種のスズメバチと共存してきました。集団攻撃されると全滅することもありますが、多くの場合は蜂球による対抗や逃亡などにより群の存続を図って来ました。とりわけ特徴的な対抗手段が蜂球による熱殺です。スズメバチが巣に侵入すると、200~300匹の働きバチが一斉に取り囲み蜂球をつくり、筋肉を激しく震わせて高熱を発生させ、スズメバチを熱殺してしまいます。この研究は20年ほど前から日本で行われ、その独特の対抗手段が世界的にも注目されました。しかし、熱殺のメカニズムについてはいくつかの疑問があり、筆者らも視点を変えた詳細な研究の機会をねらっていました。

熱帯地方に生息するコミツバチやオオミツバチは、開放空間に1枚の巣板だけからなる巣(開放巣)を作ります。これらの種から木の洞などの閉鎖空間に複数の巣板が並んだ巣(閉鎖巣)を作るセイヨウミツバチやトウヨウミツバチが進化し、ミツバチは温帯域に分布を広げたと考えられています。温帯最北部に分布域を持つニホンミツバチが開放巣を作ることは珍しい現象でしたが、最近では全体の約10%が開放巣であることが分かりました。市街地で開放巣を作るようになったのは、天敵のスズメバチが減少したこととヒートアイランド現象により越冬が容易になったためと考えられます。共同研究者の菅原氏は分蜂群を入れた木箱を軒下に取り付け、巣が十分大きくなった後、巣箱の底板と側板をはずして、開放巣を作製することに成功しました。更に、スズメバチをピンセットでつまみ、開放巣に接触させると蜂球が形成されることを発見し、開放巣が蜂球研究の独自の手法になると予想しました。

開放巣の蜂球に閉じ込められているスズメバチの生死を確認すると、蜂球形成後10分ですべてのスズメバチが死んでいました。蜂球の中心温度を測定するため、温度計の熱電対の先にオオスズメバチを固定し巣板に接触させると、蜂球が形成されました(図a)。蜂球内では10分以内に熱死するので、蜂球内温度を10分間測定した結果(図b)、急激に上昇した後、最高温度(平均45.9℃)に達し、その温度が維持されました。そこで、蜂球内で全てのオオスズメバチが死ぬ10分間での致死温度を恒温器の中で測定したところ、オオスズメバチは48℃まで死にませんでした。蜂球内での最高温度は平均45.9℃で、オオスズメバチは10分以内に全て死んでしまいましたが、恒温器の中では約2℃高い温度(48℃)まで死ななかったのです。この観察はオオスズメバチの死が蜂球の熱(温度)だけでは説明できないことを示しています。

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蜂球の中でミツバチは飛翔筋の激しい運動により発熱しますが、この時激しい呼吸をします。ガス検知器を使って蜂球内のCO2濃度を測定したところ、CO2濃度は3.59%(大気中の100倍近い濃度)になりました。このCO2濃度は、ヒトの呼気(3.7%)に近いので、呼気中における致死温度を測定しました。その結果、大気中では47.5℃であったオオスズメバチの10分間での致死温度は、呼気中では45.4℃に下がりました。ところが、ニホンミツバチの致死温度は呼気中でも50.4℃と低下せず、大気中では両者の致死温度の差が3℃だったのが、呼気中では5℃に広がりました。一連の実験の結果、オオスズメバチに対するニホンミツバチの対抗手段は熱だけでなく、CO2濃度と湿度(水分)の相乗効果によるものだったのです。因みに、CO2と水は両方とも呼吸の副産物で、熱を発生する際の副産物を最大限に利用しているということになります。

一方、ミツバチの致死温度はCO2や水分の上昇の影響を受けません。ミツバチは冬眠せず、寒さに耐えるために閉鎖巣の中で女王蜂を中心に蜂球を形成して30℃以上の温度で越冬します。蜂球内のCO2濃度はセイヨウミツバチでの研究によると6%にも上昇するそうで、ミツバチは高いCO2濃度に耐える機構を持っているようです。熱を発生させる時の副産物であるCO2を最強の天敵を撃退する手段として活用しているとすれば驚くほかありません。

終わりに

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セイヨウミツバチとニホンミツバチの違いに着目した研究を2件紹介しましたが、化学生態学や行動学において他にも幾つかの興味ある相違点があります。日本古来のニホンミツバチに密着して行けば、独自性の高い研究が続けられると確信しています。