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先生に聞いてみた【63】丸田 博之 教授

更新日:2017年8月1日(火)
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京都学園大学でユニークな研究に携わる先生に突撃インタビューする「#聞いてみた」シリーズ。 63回目は、日本語・京都文化の専門家である丸田先生に、日本語の基を形成した京都の地で、京言葉の歴史を学ぶことの奥深さについて、いろいろ聞いてみました。

言語史料に記された、鮮やかな言葉。
そこにこそ、本当の、生きた歴史がある。

たとえば、私たちがよく知っていると思い込んでいる「京言葉」も、歴史の脈をたどっていけば新たな真実に気づきます。 これまでの国語や歴史の教科書にはのっていない、自分だけの発見をぜひ見つけて欲しいと語る丸田博之先生に、言葉と歴史を学ぶ新たな意義についてうかがってみました。

Q: 先生は、ずっと文学部一筋ですね。文学青年だったのでしょうか?

私は生まれてからずっと京都市内で育ちましたが、少しの間、東京の大学にいたこともあります。その後、再び京都の大学の文学部に入り、そのまま大学院へと進み、一貫して国語学を専攻して研究を続けてきました。

どういう研究かと言いますと、言語史料に基づいて、日本語の移り変わりを忠実にたどっていく学問です。文学部一筋でしたが、決して、世にいう文学青年ではありませんでした。文学の範疇の中でも、とくに「言葉」に興味をもってきました。

ふりかえってみますと、どうやら母親の影響が大きかったようです。母は生粋の京都人で、とくに言葉の使い方にうるさかったのです。たとえば子どもの頃、テレビを見ていても、ドラマの中で使われている関西のことばが気になってしょうがなかった記憶があります。京都が舞台の話なのに、どうも本当の京言葉ではない。しかも京都人の人柄や土地柄も、なんとなく間違って描かれているように疑問を感じていました。

そういうことを、一つ一つ言語史料に添って正しく検証してみようという思いで、この研究の道を歩んできました。

「ありがとう」は、元々「かたじけない」と、日常から庶民も使っていた。

Q: さまざまな言語史料を基に、日本語の変遷をたどる研究なのですね。

たとえば、「あほ」「ばか」は、日本古来の言葉と思われがちですが、実は外来語なのです。では、日本では元々どう言っていたかというと「たわけ」とか「うつけ」なんですね。もちろん京都でも同じです。決して名古屋だけのものではないのです。それから、謝辞をのべる時に使う「ありがとう」は、「ありがとう」でも、ましてや「おおきに」でもないんです。今では、京都が舞台の時代劇などでも町人言葉として使われていますが、言語史料をたどれば間違った用法であることは明らかです。まして「おおきに」は、気持ちの度合いの問題ですね。英語で言えば“サンキュー”ではなく“ベリーマッチ”の意味です。ですから「おおきに」単独では謝辞としては不十分なのです。

では、京都では昔からどう言っていたかというと、実は「かたじけない」なんです。よく時代劇で武士が使っているようですが、けっして武士だけの言葉ではなくて、れっきとした京都語なのです。「ありがとう」と言うようになるのは、もっとあとになってからです。

今までの日本語史の教科書には、こういうことは書かれてはいませんね。でもまさに現実が記された言語史料には、ちゃんと書かれているのです。

言葉というのは、まさに生き物です。その時代に生きた人々の心や文化、またありのままの風俗などもそこに鮮明に映っているのです。

室町時代から今に伝わる、宝のような辞書がある。

Q: たとえば、言葉の歴史を知る上で、どんな史料があるのでしょうか。

研究に使う言語史料としては、その時代の言葉が記された文献が多くあります。たとえば室町時代ですと、狂言の台本など、実にいきいきと当時の話し言葉が記録されています。

それから『日葡辞典』という貴重な資料があります。1600年頃、京都では「南蛮寺」などが各地にあり、多くのポルトガル人が住んでいました。キリシタンに改宗した公家や僧侶などもいたのです。

この辞典は、高い文化圏であった西欧のポルトガル人と教養の高い日本人が協力して編纂されたと思われるのですが、そこには、約3万語もの日本語がアルファベットで表記、収録されています。当時の標準語である京都語や九州の方言から、事物や文化、習俗までがこの一冊に凝縮されているのです。言ってみれば、室町時代の“イミダス”みたいなものですね。この一冊の辞典が、当時の「生きた文化地図」となっているのです。まさに宝ですね。それが今でも自由に閲覧できるのですから、歴史情報の宝庫みたいなものです。もっともっと広く知ってほしい書物ですね。

京都の大学で、京都と京言葉について学ぶ。

Q: この京都という土地で学ぶのは、とても有意義なのですね。

とにかく京都で学ぶ意義は大きいですね。今でこそ、東京が日本の首都で、その言葉が「標準語」などと言っていますが、京都こそ永遠の“都”であり、日本の言葉の基を形成してきたことは確かなのです。現在の標準語ですら、その中核を成しているといっても言い過ぎでありません。京都は、経済、文化、伝統産業や伝統芸能、また明治以降には、映画などの娯楽産業でも中心的に我が国を主導してきたのです。

京都の大学に入り、京都のこと、京都の言葉の歴史を学ぶということは、ある意味で日本全体を深く知ることになると思っています。与えられたテキストだけを暗記してきたような学問とは、まったく違います。自分の好奇心にそって、体験や見聞を深めて、興味の幅をどんどん広げていって欲しいですね。そのための“学のステージ”として、京都こそがベストの地と断言できます。いっしょに、さらに京言葉の歴史に光をあてて、見つめ、掘り下げていきましょう。本当の日本語、ひいては日本の姿が見えてくるはずです。

Q: 言葉、歴史以外で、先生の関心事についておたずねします。

音楽ならなんでも好きですね。特定の分野だけでなく、いわゆる雑食。クラシックから演歌まで幅広く楽しんでいます。

最初は、家にあったクラシック音楽のレコードをよく聴いていまして。ベートーベンのピアノソナタやバイオリン協奏曲は大好きです。それから学生時代は、ビートルズやサイモン&ガーファンクル、そして関西フォークでしょうか。時々口ずさみます。

マカロニウェスタンの映画音楽もいいですね。これはイタリア語でも歌います。現在の人気アイドルグループのポップスだって歌えますよ(笑)。

まさに、「歌は世につれ」じゃないですが、「言葉も世につれ」ですね。メディアの表面には見えなくても、その背後にはそれが記された時代を懸命に生きた人間がいるんですね。そういう人々の心までも敏感に感じていたいとつねづね思っています。

人文学部 歴史文化学科

丸田博之(まるた・ひろし) 教授

京都市出身。博士(文学)。京都大学大学院文学研究科国語学国文学専攻博士後期課程修了・姫路獨協大学外国語学部日本語学科助教授等を経て現職。専門分野は「日本語史」とりわけ中世の「キリシタン資料」「狂言」「中国・朝鮮資料」。担当科目は、「京都学(京ことば)」「異文化交渉史」「京都学演習」等。所属学会、「日本語学会」「近代語学会」「国語語彙史研究会」。

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